天文密奏録
天文密奏録第〇四七号別紙五
人が消える。獣害として処理される。ひとつだけ、おかしい。
あらすじ
北海道の山で、人が消える。見つかるのは、熊に食われた姿で。市も警察も、そう処理する。だが猟歴五十二年の男が、ひとつだけ、見たことがないと言った。――掛け直して、食わない熊はいない。
竹内莉子は、伺見。土地や人に立つ、ふつうでない気配を、寮では気色と呼ぶ。伺見はそれを視て、記す。いつ、どこで、何を視たか。それだけを書き、封をして、上へ回す。原因は書かない。所感も書かない。決めるのは、伺見ではない。
勤め先は暦象事務局。表向きは、暦を調べる役所である。処置は四つ――鎮め、封じ、断ち、そして、記す。鎮められず、断つ手立てもないものは、ただ記録する。由来の欄は、空欄のまま。
門司から札幌へ。辞令の事由は、「障りの消失を待つ」。北の地で莉子は、初めて自分の手で、消えていく人々を記しはじめる。数える。書く。決めない。
事件は解決しない。誰も、原因を書かない。誰も、全体を知らない。明治九年から百五十年、読む者のないまま、記録だけが地の底に積まれていく。
視て、記す。それだけの目を通して綴られる、静かな異変の記録。
読む前の手引き
- 伺見
- 気色を視て、初見を記す者。原因や所見は書かず、処置も決めない。主人公の職。
登場人物
登場人物
-
伺見
竹内莉子
三十歳前後。初任地の門司(第二観測所)に六年勤めたのち、札幌(第一観測所)へ移る。転属の事由は「障りの消失を待つ」。
-
陰陽師・開封役
宗像
本寮の陰陽師。封を切り、莉子に読ませ、再び封じる。中を見ない。
-
陰陽属・封をする役
名取
北寮の事務方。五十くらいで、老眼鏡を額に上げる。冷たくはない。
-
破落戸(実務二課)
大迫
北寮の四十くらいの男。寮の外から召し抱えられ、作法を知らない。だから訊ける。だから言える。